中国広西チュワン族自治区巴馬長寿郷調査(2003)随伴記

                                   





































広州白雲空港
 午後2時の陽光の空に大小幾つもの雲が浮んで、その中を飛行機は真っ直ぐ飛んでいる筈なのに、ゆらりゆらり、雲に近づいたり遠ざかったり、不思議な浮遊感覚を楽しみながら広州空港に着きました。

巴馬へのバス
  翌朝8時南寧を出発。赤褐色の大地に延びる粗いアスファルト道路をバスは猛烈な勢いで走ります。トラックに牛車に烈しくクラクションを鳴らし、対向車線に迫る車を路側帯に押しのけて、一路巴馬へ。
 凄まじいまでですが、運転手の楊さんは平然として、クラクションを鳴らされた水牛も、あわや衝突かという対向車も当たり前の顔をして、世は事もなしといった超然ぶりです。
 沿道の椰子やバナナの葉は土ボコリをかぶり、ブーゲンビリヤが赤く咲き、溜池にはアヒル畑には牛が、人と一緒に、遊んでいるのか耕しているのか・・・。

黄おばあさん106歳
 小さな身体を真っ直ぐに伸ばして云いました。「長生きしようと思って長生きしたわけでもなく、普通にやってきたらこの歳になって、神様がそうさせたんだよ」
 私たちに顔をほころばせ、奥からきれいに刺繍した赤い布地の靴を持ってきて見せてくれました。老年になると黄泉路を歩く靴を自分で作るのだそうです。かつて私たちの国もそうでしたが、巴馬では今でもあの世に歩いていけるのですネ。

横に伸びる鍾乳石
 百魔洞という鍾乳洞にそれはありました。雨の少ないカルスト台地、水の落下より微生物の向日性のほうが強く、洞窟にさす光の方向に伸びるのだそうです。
 巴馬では太陽の下全てが緩やかに溶け合っていました。白い岩山も、そこにわずかに堆積した赤い土も、白濁した青緑の川も、樹木も棚田も、道も人も家畜も、大地が出来て人間が生まれて以来ずっと、ありのままなりゆくまま、ゆっくりゆっくり命の循環の時を紡いできたようです。

ほの暗い家と喧騒の市場
 質素な家々は概ね黒い瓦屋根と素焼きレンガの壁で、川に向かって小さな窓で開かれ、山側には祖先の祭壇が祀られ、階下では犬や鶏や豚が暮しています。上の人の生活を片付けた家畜の糞尿は畑にまかれ、トウモロコシや瓜や豆やカボチャが育ちます。
 畑の余剰作物や不用の家畜は竹篭に入れられ街の広場で売られます。小さな椅子に坐って日がな一日商売する横で、赤ん坊が泣き、猫が灰緑色の細いウンコをし、広い通りをピカピカのオートバイが何台も行き交います。それぞれの用不用がお金と交換され、明日の日用品を仕入れて山里の先祖の家に帰り、翌朝川で行水をして又新しい一日が始まります。そうやって千年・万年暮してきたようです。

 牛が鳴きアヒルが群れる山里と、化学洗剤やプラスチック製品が溢れる喧騒と猥雑の露天市場を、日々ゆっくりと往復する巴馬の人々と、その森羅万象は云っていたように思えます。
 「スローライフだパーマカルチャーだと云うまでもなく、人と自然と生活が一体となった当たり前の営みがここにあり、生死がつながってあり、太古も未来も、ほらここに、この道端にあるよ」と。

photo by Mr.Nakahama & Mr.Ouchi

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